
米国の政治学者イアン・ブレマー氏が率いる国際情勢のコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」が、毎年恒例となっている「ことしの10大リスク」を発表しました。2023年についても内容を確認しておきたいと思います
2022年の金融市場を振り返ると、ロシアによるウクライナ侵攻、それに端を発したインフレの進展、米国の急速な利上げとそれに伴う大幅金利上昇、米ドルの独歩高と歴史的な円安進行、中国のゼロコロナ政策の失敗と経済停滞、上海ロックダウン等により引き起こされた世界的な供給網リスクの顕在化など、予想外といえるようなものも含めて数多くのイベントが起こり、経済・市場に大きな影響を与えました。
実はその多くを、イアン・ブレマー氏は「2022年のトップ・リスク」で指摘していました。2022年中に何度も、彼の訴えていたリスクがまた現実のものとなった、と驚いた記憶があります。市場混乱につながる可能性のあるリスク要因については、投資にあたって常に頭に入れておくことが大切だ改めて感じました。(2022年の10大リスクについては、こちらの記事をご覧ください。)
ユーラシア・グループによる「2023年のトップ・リスク」は以下の通りです。(参考のためにカッコ内に原文表示しています)
2023年1月公表「ことしの10大リスク」- ユーラシア・グループ
1. ならず者国家ロシア(Rogue Russia)
数少ない同盟関係先である「ならず者国家」イランと同じように、孤立したロシアが一段と世界全体を危険にさらす行動をとるリスク。
欧米の最新防御兵器のウクライナへの供与も始まっていて、ロシアには、戦いに勝つための軍事的・戦略的に有効な選択肢が残っていない。ロシアウクライナ都市部やインフラへの攻撃を続けても、戦力バランスを崩すには至らない。今後投入される追加兵力も訓練不足で効果が薄い。また、ロシアが欧州へのガス供給を止めるなど欧州諸国や米国に対して優位にたつことも難しい。欧州諸国は民衆の支持を得ていて団結していることから、ロシアへの制裁やウクライナへの武器供与姿勢を弱めることにはなっていない。
東西冷戦の頃と違い、プーチン大統領には侵攻前の状態になく、国際社会から孤立したロシアが次のような行動をとるリスクがある。
- 核兵器をウクライナ近くに移動配備するなど、西側諸国への核の脅しをエスカレートさせる。プーチン大統領は世界終末戦争を回避する意識は強いことから、現時点では核兵器の使用は起こりにくいが、偶発的な核のリスクは1962のキューバ危機以来の高い水準にある。
- 西側諸国へのサイバー攻撃、エネルギーインフラや海底通信ケーブルなどへの攻撃リスク
- 西側諸国の選挙における情報操作リスク
- イランから新たに入手した弾道ミサイルによるウクライナ国内インフラ施設への攻撃継続
- ゼレンスキー大統領をはじめとしたウクライナ首脳陣の暗殺リスク
- ウクライナの穀物輸出を妨げるリスク
一方で、以下のような行動については、ロシアはこれまでも控えてきていて、現状においては2023年も控え続けると考えられる。
- 西側諸国のインフラ施設への攻撃
- 西側諸国の首脳陣の暗殺の試み
- NATO諸国へのドローンやミサイルによる攻撃
- 米国へのサイバー攻撃
2. 権力が最大化した習近平国家主席(Maximum Xi)
政権指導部を支持者で固め、毛沢東以来の類をみない権力集中を成し遂げた習近平国家主席が、政策的に大きな間違いを犯してしまうリスク。習近平主席の思惑に沿う国家主義的な政策を進める足かせが実質的になくなり、それらを制約するチェック・バランス機能やけん制的な発言が難しくなっている。そのため、恣意的な判断や、政策のブレや不確実性が広がっている。
直近も次のような失策を犯している。
- 2022年には、その年初に指摘したリスク要因が残念ながら現実となり、中国はゼロコロナ政策のワナにはまり、習主席はゼロコロナ政策の急転換を余儀なくされた
- ハイテク企業への不透明な締め付けが海外投資家を遠ざけ、有望企業の活動を停滞させた
- 2022年2月4日のロシアとの首脳会談における「中露友好に限界はなく、協力に聖域はない」との宣言が、ロシアのウクライナ侵攻に信頼感を与えてしまい、国際社会における中国の立場を曇らせた
- 中央集権的なゼロコロナ政策の突然の解除判断は、正確な報告はされないだろうが百万人以上の死者をもたらすリスクがある。チェック体制の整備が無い中で新たな変異種が出てきた場合には、中国内に留まらずグローバルに広げてしまうリスクがある。
- 恣意的な判断や政策の不確実性が経済分野に及ぼすリスク。長いゼロコロナ政策により財政状況の悪化した地方政府のデフォルトが金融セクター全体に広がるリスク。さらに、政策の不透明感と不確実性が金融市場に与える影響が懸念される。
- 習近平主席の国家主義的な思想と独断的なスタイルが世界各国と中国との外交関係を悪化させてしまうリスク。習近平主席のプーチン大統領への傾倒は、先進国との協力関係のみでなく、新興国との関係にも影を落とす可能性がある。
3. テクノロジー(人工知能)による社会混乱(Weapons of Mass Disruption)
人工知能の最先端テクノロジーは社会の信頼を損ない、扇動政治家や独裁主義者を助け、ビジネスや市場を混乱させるリスク。陰謀論やフェイクニュースを拡散させる原動力となりうる。
4. インフレの衝撃波(Inflation Shockwaves)
2021年に米国で始まり2022年中に世界中に広がったインフレが、経済や政治に強い影響を及ぼすリスク。インフレ抑制にむけた金融引締めが、世界的な景気後退をもたらし、金融ストレスを助長し、世界各地で社会不満を増大させて政治的な不安定を招く。
5. 追い詰められたイラン(Iran in a Corner)
イランの政権に抗議するデモが相次ぎ、政権の安定と継続に対する懸念が少しずつ高まている。政権崩壊の可能性はまだ低いものの、過去40年のどの時点よりもそのリスクは高くなっている。イランの核開発能力は大きく前進し、イラン核合意更新の可能性は全くなくなっている。さらに、ロシアへのドローン兵器供与や短距離弾道ミサイルの供給計画などロシアのウクライナ侵攻への強い関与姿勢もあり、イランの西側諸国との対立リスクが高まっている。
6. エネルギー危機(Energy Crunch)
ロシアによるウクライナ侵攻に伴う原油供給のひっ迫は今や落ち着き、特に欧州における天然ガス価格も2022年高値から下落している。しかし、最も楽観的な予測をもってしても、政治的、経済的、生産的な要因から、特に2023年後半にエネルギー需給がひっ迫するリスクがある。それは、家庭と企業のコストを増大させ、消費経済に財政負担を強いることなり、さらに、OPECプラスと消費大国との間の溝を広げることで、西側諸国と新興国との対立の要因となりうる。
7. 阻害される世界の発展(Arrested Global Development)
新型コロナウィルス感染症の世界的流行、ロシアによるウクライナ侵攻、世界的なインフレなどが過去3年間続いたことで、これまで数世代にわたって得てきた経済的発展や、生活水準や生活の質の向上などの利益の一部が失われる。最も影響を受けるのは女性や少女であり、勝ち取ってきた権利や機会、そして安全が阻害される懸念。
8. 米国の分断(Divided States of America)
米国は世界の民主主義先進国の中で、いまだに最も政治的に分裂して機能不全に陥っている国のひとつであり、政治的暴力のリスクが続いている。
9. デジタルネーティブ世代の台頭(Tik Tok Boom)
1990年代半ばから2010年代初め生まれの「Z世代」にとっては、インターネット、デジタル機器、そしてソーシャルメディアが生まれながらに存在する。Z世代はそれらを活用し、国家間をまたぎ相互につながることで、真のグローバル世代を形成している。特に米国や欧州などで新しい政治勢力となって、グローバル展開する多国籍企業へ対応コストを強いたり、政治運営上の混乱要因となる懸念がある。
10. 水不足(Water Stress)
2023年は水不足が世界的に体系だって対応を要する課題となるリスクがある。
ただし、各国政府の対応力は向上せず、各国政府は一時的な危機としかとらえないリスク的地位が2022年に一層落ちていくリスク
「参考」EURASIA GROUP'S TOP RISKS FOR 2023
今後の投資にあたって
2022年初にトップリスクに挙げられていた中国のゼロコロナ政策の失敗や国内の停滞、ロシアやイランにおけるリスクは正に顕在化し、市場に大きな影響を与えました。2023年も引き続きロシア、中国、イランにおける状況はリスク要因として強く認識しておく必要がありあそうです。まだまだ続く世界的インフレの与える影響、さらに、エネルギー価格の状況につてもしっかり目を配っておきたいと思います。
2023年は、前年から継続するリスク要因が更に大きくなって顕在化するリスクが多そうです。これまでに比べ、かなり注意を要する運用市場環境になってきていると感じますが、引き続き長期視点でしっかり分散した運用ポジション運営を進めていきたいと思います。
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